行動力だけで誰かにきっかけを与えるBlog

TakuMar⊥@きっかけづくり屋

海外旅行記〜ベトナム〜

 

こんにちは!

 

 

今回の東南アジア旅行記

ベトナム編です!

 

もう旅行記も3回目になります。

まだ過去の旅行記を読んでない方は

“必ず”読んでくださいね。

 

to05101574.hateblo.jp

to05101574.hateblo.jp

 

 

コメントとイイねお待ちしております♪

 

 

 

あなたの24時間のうちの

約3分ほどお付き合いいただけたら幸いです。

 

 

 

✈️それでは東南アジア旅行へ行きましょう✈️

 

 

 

 

 

 

ベトナムについて

詳細

 

ベトナム南シナ海に面した東南アジアの国です。

ビーチ・川・仏塔・活気で溢れています。

ベトナムは共和制になります。

 

ASEAN加盟国で(ASEAN分からない方は前回の

記事に書いてあります。)首都はハノイ。 

 

 

通貨は「ドン」で現在(2021.6.25)は

1ドンが0.0048円です。

 

f:id:To05101574:20210625121312j:image

 

えーっと、、、、

200,00ドンは約100円です。笑

「0」多すぎますね。。

 

 

 

🌟ここで簡単な計算方法をお教えいたします🌟

 

・「0」を2つ取る

・5をかける(÷2をする)

 

これだけです!

 

 

 

例えば、『350,00ドン』は

『35000÷2=175円』ということです。笑

(分かりやすくして欲しい、、、、。)

 

 

人口は9936万人(2021年)になります。

 

 

ベトナムの国旗は

『金星紅旗(きんせいこうき)』

と呼ばれております。

赤は、社会主義国に共通の色で

『革命に流した戦士の血』を、

黄色の星は

『労働者・農民・知識人・青年の団結』

を表しています。

 

f:id:To05101574:20210625121223j:image

 

日本からのアクセス

 

アクセスはタイと同様に良いです。

羽田空港・成田空港、それぞれ

ホーチミンハノイへ直行便が運航しています。

成田空港からだと直行で約6時間なので近いですね♪

 

 

ちなみに私は、ベトナムに行った時は日本から

ではなく、韓国からベトナムに行きました。

 

時間は同じ位かかりましたね。

 

 

歴史

私は大学生の時に国際学部でして、東南アジアの

ことは人並以上の知識があると思っているので、

簡単に歴史をお話しします。

 

ベトナムが完全に独立したのは1976年

最近の話です。(私の母は既に生まれてます。笑)

それまでは、様々な国からの干渉を受け続けておりました。

 

 

古くはベトナム「王朝」として歴代の王室を持っていた

にも関わらず、長らく(約1000年)中国の支配下に置かれて

きています。「王朝」と名がついている時点で中国の

支配下ですね。

 

19世紀(1801年〜1900年)に入り、中国の支配から解放

されたのも束の間で、すぐにフランスの植民地と

なりました。

 

第2次世界大戦の終戦後に指導者であるホーチミン

「民族運動」により、独立へ向けて進むことになりました。

 

 

だが、その後も

インドシナ戦争南北戦争ベトナム戦争

と大きな戦争を経験しました。

 

f:id:To05101574:20210625121244j:image

 

そして、アメリカに辛勝したベトナム

1976年に独立を果たし現在に至ります。

 

 

今もなおそれらの戦争の影響が大きく

爪痕が残されております。

 

 

 f:id:To05101574:20210625121254j:image

 

 

観光地

 *私が旅行したのは『ダナン』になります。

 

五行山(マーブルマウンテン)

別名、マーブルマウンテンとも呼ばれる五行山は

大理石で出来ており、名前の通り5つの山で

構成されています。

 

この5つの山は風水でも有名な『陰陽五行説

元に名付けられていて、宇宙を構成する

「金・木・水・火・土」をモチーフにしています。

 

 

その中でも代表的な観光地は「水」を表している

【トゥイソン山】に行きました。

 

f:id:To05101574:20210627142220j:plain

五行山

頂上に行く前に「フェンコン洞窟」

という洞窟を通ります。

洞窟の中に寺院があったり、大仏も

中にあります。

 

その中でも上記の写真がとても

神秘的でした。

 

 

この大きな穴はベトナム戦争の際に

投下された爆弾により空いたものです。

 

 

丁度正午に行ったため

日が差していて不思議な力を感じました。

 

バーナーヒル

お次はバーナーズヒルズ(Ba Na Hills)です。

何かというと『テーマパーク』です。

 

2013年にオープンした、中世のフランスを

イメージした世界観です。

ベトナムのSun Groupにより運営されています。

 

 

テーマパーク自体の標高が高く、1,487メートル

地点にあるため、涼しいですが下の写真を見ての通り、

気候も晴れたり雨が降ったりと、不安定です。

 

f:id:To05101574:20210627143826j:plain

バーナーヒル

f:id:To05101574:20210627143209j:plain

ゴールデンブリッジ

バーナーヒルズの1番の特徴は

何と言っても上の写真の

 

『ゴールデンブリッジ』

 

皆様の心の声が聞こえます。笑

 

 

 

 

「え?なにこれ?」

 

 

 

 

こんな声が。。。。笑

そうなんです。私も行った時

皆様と同じ気持ちでした。

 

先ほどもお伝えしましたが、

標高が高くて気候が不安定で

全然見ることができませんでした。

 

 

一応、下に晴れてた時の

ゴールデンブリッジを貼っておきます。

 

f:id:To05101574:20210627144038j:plain

晴れた時のゴールデンブリッジ

これは、製作期間1年、制作費用2000億円をかけて

2018年に完成し、SNSでも話題になりました。

 

橋の長さは150mで橋の上を歩いていると

正直、恐いです。笑

 

ホイアン(世界遺産)

 最後は1999年に『ホイアンの古い町並み

として世界遺産に登録されている

ホイアンです。

 

【ランタンの街】として有名で、

ベトナム戦争で攻撃を受けなかったため、

当時の様子が現在まで残っている

『ノスタルジックな街』です。

 

ホイアンは、16世紀に国際貿易港として

繁栄してました。ヨーロッパや中国、

日本とも国交があり、街は急速に発展

し、特に日本とは深く関わった証が

ホイアンの街に現在も残されております。

 

f:id:To05101574:20210627150610j:plain

夕方のホイアン

f:id:To05101574:20210627151059j:plain

ホイアンの街並み

f:id:To05101574:20210627151109j:plain

ランタン

 

綺麗ですね!

少し歴史を頭に入れて行くと、

より見方も変わるのはないでしょうか。

 

 

感じたこと

 

バイク社会

見出しの通り、日本とは違って

まだまだ「バイク社会」です。

 

 

私は旅行の際に譲れないことが

ありまして、それは

 

『現地の人々の生活を少しでも体験したい』

 

ここが譲れないところです。

なので、ベトナム滞在中はずっと

バイクで移動しました!!

 

f:id:To05101574:20210627152630j:plain

信号待ち

f:id:To05101574:20210627153225j:plain

バイク移動

 

日本にはない光景です。

ベトナムではバイク移動をお勧めします。

観光地に行くにも本当に楽です。

 

バイクは宿泊しているホテルで聞けば

大体レンタルしてくれます。

下の写真の様に道幅も広いです。

そして車よりバイクが優先されている気が

しました。笑

 

f:id:To05101574:20210627152645j:plain

道幅

 

 

発展途上国

2つ目は、経済が著しく成長している

ベトナムですが、まだまだ発展途上かな

と私は感じました。

 

やはり、交通インフラが整っておりません。

発展途上国では普通なことです。

 

あとは大気汚染などの国の美化です。

 

f:id:To05101574:20210627154105j:plain

ハン市場

 

『ハン市場』はダナンの中でも

大きい市場になりますが、

臭いがとにかくキツいです。

 

 

私はこの東南アジア独特の臭いは

好きですが、匂いに敏感な人は

1分もいられないと思います。

 

 

私はダナンにしか行ってないので

ホーチミンなどの主要都市はわかりませんが、

ダナンに関して言えば、伸びしろがあると

思いました。

 

 

 

 

 

こんな感じでベトナム編は終わりに

いたします。

皆様、ベトナム旅行はいかがでしたか?

 

 

少しでも、学べた・面白かった・少し

ベトナムに行った気持ちになれたと

感じていただけたら嬉しいです。

 

 

 

それではまたの旅行でお会いしましょう♪

 

 

 

TakuMar⊥

海外旅行記〜タイ〜

  

 

こんにちは!  

 

 

今回は東南アジア旅行記

タイ編です。 


まだ、海外旅行記

カンボジア編』を読んでない方は、

下記から読んでください。 


to05101574.hateblo.jp 
コメント・良いねお待ちしてます♪ 

 


 あなたの24時間のうちの

3分ほどお付き合いいただけたら

幸いです。 

 

 

 

✈️それでは東南アジア旅行へ行きましょう✈️ 

 

 


 

 

 

タイ王国について

 

詳細

 

タイは、東南アジアに位置する

立憲君主制国家です。

 

あれ?この言葉前回も聞きましたね。

分からない方は、前回のカンボジア編に

記載しております!

 

首都はバンコク東南アジア諸国連合

ASEAN加盟国です。

通過は「バーツ」で現在(2021.6.23)

1バーツ3.49円になります。

 

 

人口は6963万人(2019年)です。

人口についてですが2028年に

6720万人と予想されているが、これを

ピークに毎年0.2%のペースで減少し、

2040年には6540万人にまで減少する

と言われています。(NESDC参照)

 

 

タイの国旗は

『トン・トライロング』(三色旗)

と呼ばれており、

中央の青い線は、『国王』

白い線は『宗教』

赤い線は『国家、国民の団結心』を

表しています。

 

f:id:To05101574:20210623234918j:image

 

 日本からのアクセス

 日本からは、成田空港からバンコク

スワンナプーム国際空港(日本でいう羽田空港)

ドンムアン空港(日本でいう成田空港)

までは、約6時間程度です。

 

日本と同じでスワンナプームの方が

様々な観光地へのアクセスは良いです!

 

でも、安いのはドンムアン空港です。

 

私は、成田空港からドンムアン空港に行きました。

行くまでにタイの街並みも見えましたし、

日本と比べるとそこまで遠くはありません。

 

 

 

ASEAN(東南アジア連合国)

 

今回はASEANについて軽くお話しします。

ASEANは東南アジア10カ国から成っています。

 

1967年のバンコク宣言」によって設立されました。

 

 

始めの加盟国は

『タイ・インドネシアシンガポール

フィリピン・マレーシア』 の5カ国で

1984年にブルネイが加盟後、加盟国が増加し、

現在の10カ国にまで成りました。

 

現在は

『タイ・インドネシアシンガポール

フィリピン・マレーシア・カンボジアブルネイ

ベトナムミャンマーラオスです。

 

10カ国の総面積は449平方km(日本の約12倍)、

総人口は6億5000万人(日本の約5倍)、そして

GDPは2兆9690億ドル(日本の約60%)となってます。

 

 

こんなことはさておき、

今後のASEANの成長です。

 

ASEANは世界の『開かれた成長センター』

になる潜在力を持つと期待され、特に近年は

高い経済成長を遂げています。

加盟国の半数で1人あたりGDPが3000ドルを超え、

今後は個人消費が大きく伸びると言われております。

 

1番の魅力は『人口増加』です。

現在でも全体で約6億人にもなっているのに

2030年には7億人を突破すると予想されています。

 

増加するニーズを見込んで参入する企業も多いです。

もう既にAppleSoftBankTOYOTAなどが

出資をしております。

 

 

今後はさらにASEAN加盟国、そしてASEAN全体に

注目ですね。

 

 

 

観光地

ターミナル21

ここはタイの成長を肌で感じられる観光地の

1つです。ターミナル21はBTSアソーク(Asok)に

直結している巨大ショッピングモールです。

私が感じた良いところです。

(BTSアソークは電車の駅のこと)

 

日本食レストランも沢山ある。

②安いもの(低水準)なものから

ハイブランドまで揃っている。

BTSアソークに直結している。

④日本の映画も楽しめる。

 

 

またショッピングモールの造りというか

コンセプトが『空港』になっていて、

各フロアで世界各国をテーマにしていました。

 

ちなみにショッピングモールとして機能

している階は全部で9階!

 

f:id:To05101574:20210624103833j:plain

ターミナル21

f:id:To05101574:20210624104239j:plain

ターミナル21

 

こんな雰囲気で日本・ロンドン・パリ・サンフランシスコ

イスタンブールなどに分かれておりました。

 

 

ワット・パクナーム


 既に知っている方も多いのでは

ないでしょうか。

 

バンコクでも人気のインスタ映え

スポットの1つでもある

『ワットパクナーム寺院』です。

 

ワット(寺院)、パク(口)、ナム(河)

名前の通り『河口にある寺院』という

意味でチャオプラヤ川の側に位置しています。

 

 

建設されたのは、アユタヤ王朝時代の中期。

室町時代ぐらいですね。その後、1961年〜

1956年に住職を務めた

『ルアン・ポー・ソット師』が日常化した

不安の解消として『タマカーイ式瞑想』

生み出し、タイを始め東南アジアに広まったことで

有名に成りました。

 

f:id:To05101574:20210624105841j:plain

5階 プッタクナーロム室

  幻想的な空間であり、

神聖なる場所だという空気がありました。

 

インスタ映えするから行こう!」

入りはそれで良いですが、この様な

場所は、しっかりとした歴史もあることを

忘れずに観光をすると、さらに楽しめると思います。

 

ワットポー

 

お次はまたもや有名な

ワットポーです。

 

ワットポーは1788年にラマ1世により

建てられた『バンコク最古の寺院』です。

なんとワットポーの敷地は80,000平方メートル

もあり、南北に二分されています。

 

なんと言っても見どころは『大寝釈迦仏』

全長49メートル・高さ12メートルの寝釈迦仏は

圧巻の迫力でした。

見る角度で感じ方も全然違います。

 

f:id:To05101574:20210624111434j:plain

大寝釈迦仏

 そして足の裏へ。

ぺったんこの扁平足は

『悟りを開いた者のしるし』

であり、長さ5メートル、幅1.5メートルの

大きな足の裏には、仏教と関わりの深い

バラモン教の宇宙観が108の絵で表されていました。

 

f:id:To05101574:20210624111931j:plain

足の裏

 

私もこんな風に優雅な姿に

なりたいです。笑

 

*この様なタイにある寺院では

マナーを守る必要があります。

服装は露出の少ない物を選ぶこと。

男性も女性も肩と膝を覆うことが決まりとなっています。

タイの人たちにとっては、

祈りを捧げる神聖な場所になります。

 

チャトゥチャック・ウィークエンドマーケット

 

最後は、バンコクで最大規模の市場であり、

私も旅した中では1番大きい市場でした!

 

毎週土曜日と日曜日に開催され、多種多様、

美容・革製品・家庭用品・雑貨などたーくさん

あります。

私も2日間かけて巡りました。

 

約8000軒ものお店があると言われております。

 

f:id:To05101574:20210624170140j:plain

ここは『楽しい!』この一言に尽きます。笑

 

 

感じたこと

仏教徒

まずタイといえば仏教ですよね。

その通りです。行けばそれがすぐに

わかります。

 

その写真がこちらです。

f:id:To05101574:20210624113359j:plain

日常的な写真

 

この様な仏教徒の人が沢山います。

 

タイの仏教は『上座仏教』といい、

スコータイ時代にインドから発生してビルマ

カンボジアラオスなど南方ルートを通り、伝わった

仏教の一種です。

 

『出家して悟りを開いた者だけが救われる』

 

という考えを基に成り立ってます。

 

約40万人の僧侶がいると言われています。

彼らは『サンガ』と呼ばれる仏教僧団に

所属し、戒律(227戒)に基づいた生活を送っています。

 

その中でも許されない大罪は

性交・盗み・殺人・虚言

4つになります。

これを犯せば黄衣を剥奪されて、教団からは追放です。

 

このような背景を知っていて、

写真のような僧侶を身近に感じるのと

知らないで感じるのは全然違うと思います。

 

 

街の発展

 

ASEANの中でも特に経済成長が

著しく上がっているのがタイです。

 

下の写真を見てください。

 

f:id:To05101574:20210624114738j:plain

バンコク

これを撮った後に感じたことは、

「あれ?日本かな?」と感じました。

 

車社会

高いビル群

高速道路  など

 

まだまだ発展途上国で貧しいと思っていた

読んでいるあなた。

 

 

全然そんなことはありません!

 

タイは今、「建設ラッシュ」がすごくて

至る所で工事を行なっています。

 

他にも交通網が発達してきていることです。

先程も上がっていたBTSとMRTという

鉄道網が敷かれており、バンコク市内に

向かうのに困ることはありません。

 

ただし!

交通渋滞が異常なほどであったり、

汚染・サービスの質などまだ少し

発展途上のところがあるのも事実です。

 

これらを含めても一度は自分の目で

確かめてみてください。

 

 

長くなりましたが最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

 

 

 

TakuMar⊥

 

 

海外旅行記〜カンボジア〜

 

こんにちは!

 

自己紹介を読んでいただきありがとうございます。 

 まだ、読んでない方は、

下記に貼っておきますので、是非読んでください。 


to05101574.hateblo.jp

 
コメント・感想お待ちしてます♪ 
 

 

 


今回から!

 私の大好きな『東南アジア』について

記事にしていきます。

「行った国で感じたこと」や「今後の東南アジアの成長」

など、読んでいる方の学びに少しでも繋がれば嬉しいです。 
 

 

 

 


✈️それでは東南アジア旅行へ行きましょう!✈️ 
 
 
 

 

 

 

 

 


カンボジア王国について

 

 まずは、カンボジア王国

ついてお話しします。

 

東南アジアのインドシナ半島南部に

位置する立憲君主制国家です。

ASEAN加盟国で通貨はリエルという通過です。

 

 

*共和国と君主国について

 

共和国・・・

 

共和国は君主(王様、帝)を置かない

共和制を体制としている国のことです。

 

国民により選ばれた大統領や首相が

国家元首となっている国です。

 

 

君主国・・・

 

君主国は、王様や貴族を

国家元首(トップ)とする君主制

体制としている国のことです。

 

王国・公国・首長国

君主制にあたります。

 

 

人口1,513万人、首都はプノンペン

国旗の青は王権・赤は国家・そして白は仏教徒

表していて真ん中の象徴的遺跡である

アンコールワット』を配置しています。

f:id:To05101574:20210622191521p:plain

国旗

 

 

 

日本からのアクセス

私が実際に行った経路を

お話しします。

 

成田空港からプノンペン国際空港までは、

直行で平均6時間20分。

 

私が行った時は、

タイのバンコクで乗り換えがあった為、

約8時間ほどかかりました。

 

 

8時間で異国の地の文化を学べると考えたら、

短いと私は思います。

 

 

観光地

 

アンコールワット

まずは代表的な観光地です。

 

アンコールワットは12世紀初頭に、

当時の王であるスーリヤヴァルマン2世によって

30年以上の歳月をかけて健立された

ヒンドゥー教寺院』です。

 

“アンコール”はサンスクリット語

『都市』という意味で、

南北に1.3km、東西に1.5kmもあり、

幅190mもある環濠に囲まれています。

 

現地の方に聞くと、

『朝日と夕日、晴れと雨で

違う顔があるよ』と、言われます。

 

 

ここで感じるのは

【不思議な力】です。

私も実際に行ったのですが、

何と表現すれば良いか、

最善の言葉が見つからないほどの

力を感じました。

 

 

私は雨上がりのアンコールワット

しか見れなかったのですが、

是非もう一度行きたいですね!

 

f:id:To05101574:20210622143032j:plain

アンコールワット

 

 

タ・プローム

お次は、「タ・プローム」という

観光地です。

 

12世紀末に、クメール人の王朝

ジャヤーヴァルマン7世が母を弔う(とむら)為に

創健されたものになります。

 

発見された当初から「ガジュマル」などの

巨木による侵食が激しく、崩壊寸前だったみたい

ですが、、あえて修復はせずに

 

“熱帯で人の手による遺跡の管理を行わないと

どうなるのか”

 

という『自然の驚異』を示すために

そのまま保存されています。

 

ここでは、【生命力】を

強く感じました。綺麗に修復されてない

からこそ感じるものだと思います。

 

 

トンレサップ湖

今回の最後はトンレサップ湖です。

観光地と言っていいものなのか、

私は複雑な気持ちです。

 

なぜ行きたかったのか。

私、その時『あいのり2』という

恋愛バライティを見ていて

たまたまトンレサップ湖が映っていたんです。

 

それで「行きたい!」となり、

訪れることになりました。

 

トンレサップはクメール語

『巨大な淡水湖と川』という意味で

乾季でさえ琵琶湖の4倍、雨季になると

約20倍以上の大きさに膨れ上がります。

 

でもトンレサップ湖の魅力は

そこではないんですよ。

 

 

なんと100万人以上の人々が

海上生活』をしております!

 

 

スーパー・病院などもあり、

海上から出たことがない人まで

存在しています。

 

f:id:To05101574:20210622181902j:plain

海上集落

f:id:To05101574:20210622182255j:plain

海上に住む子ども達

これが現実です。
皆さんと同じ地球に住んでいます。

これらを見て、

 

【どう、感じましたか?】

 

 

 

感じたこと

人々

カンボジアの人々は特に優しいです。

道を聞いたら答えてくれるのはもちろんのこと、

貧しいのにも関わらずおまけをしてくれたり、

写真を一緒に撮ってくれたりと

「なんだ、普通じゃん」と思うかもしれませんが

事実、日本ではあまりありません。

 

 

笑顔

カンボジアに限ってではないのですが、

本当に笑顔が沢山です。

現時点では日本より貧しいと

言われているカンボジアですが、

笑顔が貧しいのは日本だと思います。

 

 

 

ご飯

カンボジアのご飯はとっても美味しいです。

特に「ロックラック」これは絶品です!

他にもタランチュラの素揚げや

サソリの素揚げなど珍味もたくさんありました。

f:id:To05101574:20210622190239j:plain

ロックラック

 

結果としては治安も良く、

とても充実しました。

是非、1度この様な体験をされてみては

いかがでしょうか。

 

 

  

※一応ここから下はあまり見たくない方はご遠慮ください。

 

 

番外編

カンボジアで行ける方は

必ず行っていただきたい場所の1つ。

 

【キリング・フィールド】


killing=処刑・field=場所

 

背景を簡単にお話ししますと、


ポルポトは原始共産主義という思想を掲げます。

これは原始時代の生活は

お互い協力しあっていて素晴らしい、

みんなで農業をしよう・お金は必要ないよね、

という考え。資本主義と反対の思想であり、

それに対する人は“処刑”されて行きました。

エスカレートしていき反逆しそうな人、知識がありそうな人

と言う関係のない人まで処刑されていきます。

 

さらにはメガネをかけている人、英語を喋る人などの

ふつうの人も反乱因子として処刑の対象になり、

結果、カンボジアの当時の人口の 1/3以上である300万人

という犠牲者がたった数年で出ました。

 

f:id:To05101574:20210622191335j:plain

 

私も背景を学び、キリングフィールドに行きました。

ここは行って肌で色々と感じるべきだと思います。

同じ人間がここで無残に、、と考えると深いものがあります。

 

上記の写真は私が撮ってきた「本物の頭蓋骨」です。

このように観光だけではなくて歴史を学び、

 

どうして今このように平和に暮らせているのか

昔の人がどのような世界で暮らしていたのか、

 

などを学べるのも海外旅行の良いところですね。

 

 

長くなりましたが、

読んでいただきありがとうございました。 

 

 

TakuMar⊥

一体何者なの!?③

 

 

こんにちは。TakuMar⊥です。

自己紹介最終章です!

 

 

まだ、前回・前々回の記事を読んでない人は

下記から飛べますので、閲覧ください。

 

to05101574.hateblo.jp

 

to05101574.hateblo.jp

 

 

⏬それでは、最終章です!⏬

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

大学時代

大学サッカー編

前回は大学時代で人生が変わった、

とまでお話をしました。

 

その続きです。

ここで先にお伝え致しますと、

私は大学2年生で、長く続けていた

 

 

【サッカー】

 

 

を引退しました。

 

 

このお話もしていきます。

 

 

大学1年時は部活動として

サッカーをしていました。

 

「始発で電車に乗り、

朝6時30分から練習して、

その後4コマ授業を受ける」

 

この生活を7月まで続けていました。

 

 

そんな生活をしていく中で、

 

 

『自分からサッカーを取ったら

 何が残るんだろう』

『なんで、こんなに朝早く起きて

 サッカーしているのか』

 

と、自問自答する時期が続き、

完全に目標を見失いました。

 

 

うーん、なんでしょうね。

あんなに続けていたサッカーから

私がスッと離れた感じですね。

 

 

 

大学サッカーを辞める決断をした時の

 

『場所・空気感・想い』

 

あれは今でも覚えてますし、

忘れないですね。

それくらいの決断でした。

 

 

それで、大学サッカーを8月に

辞めました。

f:id:To05101574:20210619143513j:plain

大学の桜

 

辞めてから

辞めてからというものの

約1週間くらいは、

普通に目標もなくボーッと

講義を受けていました。

 

 

でも、私の運が良かったところは

当時大学で出逢った彼女がいたことです。

 

親身に相談も乗ってくれてましたし、

今後の人生を変えてくれた1人です。

 

 

1週間ぐらいが過ぎて、

『英語を学ぼう!』

と、ふと思い新たな目標ができました。

 

 

ふと思ったのも私の在籍していた大学の

学部は国際学部で外国の方も沢山いましたし、

英語が身近にありました。

 

 

それに、国際学部を卒業するには

TOEIC公開テストを500点以上取らないと

卒業ができなかったんです!笑

 

しっかり中学・高校で英語の

勉強をしている人なら簡単に取れる

点数だと思います。

しかし、ここまで読んでわかる通り、

私はサッカーしかしてきてません。

 

1年生のほぼ入学と同時に受けた

TOEICテストは240点!!!!

 

 

ちなみにTOEICは990点満点の

・リスニング100問/495点

・リーディング100問/495点

時間は2時間というテストです。

 

 

240点も取ったし、大学サッカーも

辞めて時間もできたので、やってこなかった

『勉強』に私は力を入れました。

 

英語の勉強法については別でまた投稿

致します。

 

 

当時の彼女が純フィリピン人で英語も

ペラペラだったので沢山教えてもらいました。

 

 

そして、私を知る上で絶対に外せないのが

そう、『フィリピン』です。

正直、ここまでハマるとは思ってもいませんでした。

 

f:id:To05101574:20210619143639j:plain

  

私はフィリピンが大好きです。

人も料理も雰囲気も全て。

これも2回くらいに分けて投稿します!

 

 

そんなこんなで、海外に沢山行ったり

して大学3年生の時には

TOEICテスト 645点!!

取ることが出来て、無事卒業しました。

 

 

今では、勉強もフィリピンも英語も好きです。

サッカーをとっても私には残るものが沢山あります。

 

 

ここで皆さんに伝えたい言葉はこれです。

 

 

【思い立ったが吉日】

 

 

大学サッカーを辞めたのも英語を学んだのも

フィリピンに行ったのも、全て思って

【行動】しての【結果】です。

 

 

友達沢山出来て、飲み会やって、

パリピしてとはかけ離れた大学生活でしたが、

後悔はありません。

むしろ、誰よりも充実していたと思ってます。

 

 

社会人となった私も変わらず、

ぶっ飛んでおります。

これもまた別で記事にしますので、

 

皆様とは今回3つの記事を書く約束を

しました。

 

・英語の勉強方法

・フィリピンについて

・私の社会人編

 

近々、必ず投稿しますね。

 

 

 

これで3部にわたる私の自己紹介

は終わりになります。

 

 

 

何か、気になることがございましたら

遠慮なく『お問い合わせ』を始め、

InstagramTwitterからでも

受け付けております!

 

 

皆様、最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

 

 

 

TakuMar⊥

一体何者なの!?②

 

こんにちは。TakuMar⊥です。

前回の続きで、自己紹介を

していきたいと思います。

 

まだ、前回の読んでない人は

下記から飛べますので、閲覧ください。

to05101574.hateblo.jp

 

それでは続き、いきましょう!

 

 

高校時代

 

 私はユースにあがることが出来ず、

 高校サッカーの道を選びました。

 

 覚えている限りでは3校ほどセレクション

 を受けました。1校落ちたのはよく覚えてます。

 そんな中で東京にある高校を選びました。

 

 

 選んだ理由は、

 

 ①家から近いから

 ②パスサッカーが主体だったから

 

この2つです。

今考えると、少し甘い考えですね。

今の私なら青森山田に行って

 修行をしますね。(笑)

 

でも、この決断に後悔はありません。

むしろ最高な決断だったと自負します。

 

 

 

中学時のチームメイト1人と

コーチの勉強として1人コーチがともに

同じ高校でした。

 

 

 

1年時は上下関係・走りと

「ザ・高校サッカー」と言える様な

生活でした。どんなことをやるにも

『耐える』時期はありますよね。

 

そして、私はずっと前の方のポジションを

やっていましたが、コンバートされて、

サイドバック(SB)にポジションを変更

しました。

 

 

2年時は少しづつ3年生に向けての

チーム作りであったり、戦術だったりと

それらしくなっていました。ただ、走りは

変わらず、、、死ぬほど走りました。

サイドバックも少しづつですが、わかる様に

なってきましたが、好きではありませんでした。

 

 

そして3年生になり、自分たちが主体の

チームに。私たちがよく言われていたのは、

「技術はない、ただチームワークはいい」

よく言われていました。その通りだと思います。

 

 

 

あまり長く話しても大学時代もありますので

結果だけお伝えすると、

 

関東大会予選   優勝

インターハイ予選 優勝

インターハイ全国 3位

東京都(T-1)リーグ 優勝

 

上記の結果を残しました。

多分1年間の公式戦で負けたのは5回

あるかないかくらいだったと思います。

 

 

結果というか高校サッカー

ついてはまた1つの記事として

投稿いたします。

 

f:id:To05101574:20210616235811j:plain

 

 

ここで伝えたいのは当時の

『監督』についてです。

 

 

今となっては、ものすごく

言葉一つ一つ私なりに

理解してますし、

今の自分の行動指針を

作ってくれたような方です。

 

 

ただ当時は『鬼監督』でした。

まだ監督より怖い方に会ったこと

ありません。今書いてる時でも

心拍数が爆上がりします。恐ろしくて。

 

 

そして物凄く頭のキレる方です。

サッカーの戦術に関しても誰よりも

相手の試合を見てると思います。

 

パス一本でも、インサイドで蹴るのか、

アウトサイドで蹴るのか、右足で蹴るのか、

左足で蹴るのか。そこまで細かく見てます。

 

 

左サイドで左利きの人に出すなら、

右のイン巻きのボールを出す。などです。

 

 

ここまでしないといけないんだと痛感

しましたが、それによってサッカーIQは

人よりあると自信を持って言えます。

 

 

良く監督が言っていた言葉で

私も今では良く使っている

言葉があります。それは、

 

『自分の言葉に変換して伝えろ』

 

 

この言葉です。

簡単に説明すると、インプットしたら

そのまま頭に入れるのではなくて、

自分が普段から使っている言葉や

慣れ親しんだ言葉に変えて、覚え、

そこからその言葉でアウトプットしろよ。

と言うことだと思ってます。

 

 

正解はありませんが、私はこう捉えてます。

 

そんなこんなで、高校サッカー

終えて、大学時代に入ります。

 

 

 

大学時代

 

私は、サッカーではなくて

AO入試で大学に入学しました。

 

AO入試・・・(Admiddions Office)

学校側が入学時に求めている学生像を

基準に合否を決めるという入試方式です。

Admissions Office(入試事務室・入試管理局)

という入試のための専門組織で、

入試を運営していくのでこの名前がついています。

もともとアメリカの大学では

一般的に見られる入試制度です。』

 

 

大学でもサッカーを続ける予定で

サッカーの強いところにいきました。

 

 

ここでまた頑張ってプロになってやる。

そう思っていました。

f:id:To05101574:20210617000219j:plain

 

 

先にお伝え致しますと私の

 

 

【人生のターニングポイント】

 

 

は、この大学1~2年生です。

本当に人生が激変しております。

 

人ってこんなに変化するの?

と思うほど、変わりました。

 

 

 

本当は、大学時代も書いて

自己紹介を2回で終わらせるつもり

でしたが、長くなってしまったので

もう1回だけ自己紹介記事を投稿します!

 

 

 

 

皆様に私という人間を深く知ってもらいたい

ので、長いですが次回もお付き合いください。 

 

 

最後まで読んでいただき

ありがとうございました! 

 

 

TakuMar⊥

 

 

 

一体何者なの!?①

 

 

 

はじめまして

 

 私は現在24歳会社員をしております。
 今回が“初”投稿ということで、
 自己紹介をしていきたなと思います。
 拙い文章ですが、
 よろしくお願い致します。

f:id:To05101574:20210612004918j:plain

 

小学生時代

 生まれてからお話したところで
 皆様とあまり変わりはないので、
 小学生からお話ししていきます。

 

 私は小学生になる前から

 【サッカー】に出会い、

 ボールを蹴っていました。

 

 きっかけは友人と
 Jリーグチームが開催している

 スクールに参加したことから。

 

 

 憧れの選手は

 【中村 俊輔】選手

 

 ・卓越されたテクニック

 ・カリスマ性

 ・神と言われる左足

 

 憧れて自分も

 「ああなりたい!」と思い、

 地元のサッカーチームに

 小学3年生の時に入りました。

 背番号は中村選手と同じ25番。

 

 

 

 ここから私のサッカー人生が

 スタートしました。

 

 通常だと火曜日と木曜日が

 私の地元地域の練習日なんですが

 足りなくて、別の地域の練習に

 月曜日と金曜日に行ってました。

 (チームは同じです。)

 そして土日は練習試合。

 

 それとは別で、水曜日には

 Jリーグクラブが運営している

 スクールに通っていましたので、

 1週間全てがサッカーでした。

 

 

 今は考えるだけで疲れますが、

 当時は、楽しくて・上手くなりたくて

 がむしゃらに過ごしていたと思います。

 

 

 

 その努力が実ってなのか、小学6年生の時には


 自チームでキャプテンを任されたり、

 その地域の選抜に選ばれたり、

 先程のJリーグが運営しているスクールの

 スペシャルコース(セレクションで当時は

 1000人受けて、私含めて合格が4人でした)

 に入れたりと、少しづつ階段を上ってました。

 ちなみにポジションはトップ下です。(ST)

 

 

 

 そんな中で

 「中学生ではクラブチームでプレーした

 方がプロへの道は近い。」

 と父に助言を受け、クラブチームの

 セレクション(試験)を数チーム受けました。

 

 

 やはりJリーグ下部組織のセレクションは大変で

 3回セレクションを行ったり、面談や作文が

 あったりしました。

 

 『普段は家で何をしていますか?』

 『家族のお手伝いは主に何をしていますか?』

 『自分がプロになるためには?このテーマで書きなさい。』

 

 この様なことを聞かれたり、書いたりしました。

 現在もこれは変わりないのかな?

 

 

 で、結果としては3~4チームから内定をいただき、
 Jリーグの下部組織に入団しました。

 

 

 

 現在感じることは、

 

 【好きなことは時間をも忘れる】

 

 小さい時にはできていたことが

 大人になると忘れがちになりますね。

 好きを仕事に。。。

 

 

 

中学生時代

 正直なことを言うと、小学生時代は

 小さな壁は多々ありましたが、

 とてつもなく大きな壁には当たりませんでした。

 ここからです。こんな奴が痛い目を見ます。

 

 

 私が受かったJリーグの下部組織入団セレクションを

 受けにきた人数は約1500名でした。

 すでに内定をもらっていた人は 8/18人。

 全国から集まってきた1500人のうちの10人に
 入ってしまったんです。

 

 どう言うことかと、言うと。

 入団できた良いものの、

 

 

 

 【レベルが違いすぎた】

 

 

 

 

 今思い返してもゾッとします。

 例えると、サメが主の水槽に

 川魚が入ったみたいな感じです。

 

 

 当たり前ですが、スタートから置いてかれました。

 身体の大きさ・筋肉量・テクニック・思考力

 全てが桁違いで笑ってしまうほどです。

 

 

 何をやっても勝てない。。。

 だから私の中でルールを決めました。

 

 

 

 【どんなことも最後までやり抜く】

 

 

 

 簡単だけど難しい。これを自分のルールとしました。

 試合・練習・罰走など全てです。

 

 1年次は走りが多く、走りのタイムで11人が決まることも

 あったりと、下手くそなりに試合に絡んでました。

 ポジションはサイドハーフをやってました。(SH)

 

 トップチームの成績で監督やコーチの

 入れ替わりが激しく、良い意味で沢山の方々から学びました。

 

 

 2年次はフォワード(FW)になったものの、

 得点を取ると言うよりかは、落ちて落として裏抜けが

 多いフォワードでした。運がよく意外にもコンスタントに

 試合に出れてました。自分のルールは変えずに。

 

 

 3年生になる前にまた監督・コーチが変更になり、

 私もサイドハーフフォワードどちらもやる様に

 なりました。

 

 

 3年時の監督が私にとってはとても厳しく、けど

 人格者で素晴らしい方でした。めちゃくちゃ怒られたり、

 試合に出れない日々が続きましたが、絶対に見捨てること

 はせず、壁を乗り越える手段を与えてくれる様な方でした。

 

 ユースの練習にも度々行かせていただきましたが、

 あがることはできず、高校サッカーの道を選びました。

 

 

 

 

 今感じることは、

 

 【塵も積もれば山となる】

 

 どんなに今、差があって敵わない

 としても自分の信念と努力を継続

 すれば、やがて大きな力となって

 発揮してくれます。

 どんな困難があっても辞めないことです。

 

 

 

 今回の自己紹介はここまでに致します。

 また次回は高校大学編をお伝えいたしますので、

 お楽しみに!

 

 

 

 最後まで読んでいただき、

 ありがとうございました。

 

 

 

TakuMar⊥